2018年7月31日火曜日

Cyrille Lenoel : イールドカーブを使って米国の景気後退を予測する

英国のNIESR(National Institute of Economic and Social Research)の研究員のCyrille Lenoel 氏がイールドカーブを使った米国の景気後退予測について、コラムにまとめています。2018年3月発表
以下に翻訳してみました。
原文・・・Predicting recessions in the United States with the yield curve

(翻訳)
突然の経済活動の停滞を説明するためのモデルとして、マクロ経済モデルが無力であったことを踏まえて、1980年代を起点とした景気後退とイールドカーブの関係について広範な著作が生まれた。このコラムでは、特に米国に焦点を当てて、イールドカーブの予測能力に関して、その著作を再検証し、1953年から2018年までのデータを用いて、現時点での景気後退の発生確率を計算することにする。

景気後退では、しばしば、イールドカーブの反転、すなわち、順イールドから逆イールドへの転換が、出現する。順イールドは、投資家がより長い償還期間の債券を保有する事に対してプレミアム(タームプレミアム)を要求すること、もしくは、短い償還期間の債券の利回りが将来的に上昇することを期待しているという事実から発生する。これに対して、逆イールドは、より、稀な事象であり、米国の過去65年間において、10パーセント未満の確率で発生している。おそらく、これは、経済が過渡期にあるという事実を反映している。期待仮説理論によれば、このような(逆イールド)状況において、投資家は将来の利回りが現在よりも低くなることを期待している。図1は、10年物・米国債利回りから、3ヶ月物・米国債利回りをマイナスして求めたスプレッドの推移を示している。この図から、景気後退に先行して、しばしば、スプレッドのマイナス値が発生していることが分かる。
図-1 米国債10年物と3ヶ月物との間のイールドスプレッド(利回り差)

FRBの研究者の中でも、特に、Arturo Estrella氏が、この著作をまとめる上で大きな役割を果たした。Laurent(1988年)とEstrella、Hardouvelis(1991年)は、初めて、米・長期国債の利回りと米・短期国債の利回りとの間のスプレッドが、将来の実質GNP成長率を予測する上で、役に立つことを示した。Harvey(1988年)とEstrella、Hardouvelisは、このイールドスプレッドが、消費や投資の成長率といった他の経済指標を予測する上でも、役に立つことを明らかにした。このイールドスプレッドと、他の金融指標や経済指標の役割を比較した上で、EstrellaとMishkin(1988年)は、株式市場とStock-Watson指標が、1四半期先の景気後退を予測をする上で良い能力を持っているのに対して、イールドスプレッドの能力は、より長期的な時間軸での予測において、優っており、特に、景気後退を一年前に予測する能力が優れていることを明らかにした。しかしながら、他国での事象に注目すると、米国におけるものよりも複雑である。ChinnとKucko(2015年)によると、ドイツとカナダでは、イールドスプレッドが景気後退を比較的に良く予測するのに対して、日本とイタリアにおいては、その能力はより低くなっている。

我々は、ChinnとKuckoのプロビット手法を検証した上で、米国における、任意の時点での12ヶ月以内の景気後退入りの確率を試算した。他の著作と同様に、我々も、10年物・米国債と、3ヶ月物・米国債の利回り差をイールドスプレッドとして用いて、景気後退の期間については、NBERのデータを取得した。全てのデータは、1953年4月から2018年3月までの月次データである。図2は、このモデルから導き出される景気後退確率を示しており、影の付いた領域は実際の景気後退期間である。この図の50%以上の部分は、既に実際の景気後退に入っているか、または、12ヶ月以内に実際に景気後退入りするかのどちらかを示している。このモデルの統計的な能力を見てみると、「精度」については良好であることが分かる。すなわち、このモデルが12ヶ月以内の景気後退入りを予測したときに、69%の精度で的中している。しかし、「感応度」については、やや、低くなっている。すなわち、このモデルが12ヶ月以内の景気後退入りを予測した後、実際に景気後退入りした事をこのモデルが正しく認識する確率は、35%に留まっている。従って、このモデルは、既に発生した景気後退を見逃してしまうという誤検知があるため、完璧とは言い難いが、将来の景気後退の開始時期を予測するという点で他のモデルよりも優れていると言える。私たちのサンプルデータ中の全9回の景気後退(1953年から1954年の景気後退は、その開始時点から一年前の利回りデータが取得出来なかったため、対象範囲から除外してある。)において、その開始の12ヶ月前までの時点に、この指標は、正確に50%以上に上昇していた。そのシグナルは、ある時は、12ヶ月前までの時点よりも早い段階で通知し、別のある時には、12ヶ月前までの時点より後で発生した。すなわち、1970年、1980年、1990年、そして、2008年の4回の景気後退では、景気後退入りの12ヶ月前までには、既に、50%以上の値を示してた。残りの5回の景気後退では、景気後退入りの5~10ヶ月前に、そのシグナルが表れていた。
図-2 12ヶ月以内に景気後退入りする確率

2018年3月での最新データポイントでは、イールドスプレッドは、1.1パーセントであるが、当モデルを適用して、今後、12ヶ月以内に景気後退入りする確率を試算すると、30.9パーセントであった。この値は、広範囲の経済指標をフォローしているエコノミストから見ると、高めの数字かもしれないが、無条件確率の27.8パーセントを多少上回る値となっており、また、50%の閾値を十分に下回る値である。さらに、興味深い点は、この指標が上昇トレンドにあり、2017年11月にフラット化した時点では、10年来の高い値を付けた点である。この数年のイールドカーブのフラット化の主な理由は、10年物の利回りが概ね一定だったのに対して、3ヶ月物利回りが0パーセントから1.7パーセントに上昇したことにある。端的に言うと、この指標は、近い将来での景気後退入りは示唆していないが、これ以上のイールドカーブのフラット化については、注意深く監視することが賢明であろう。

ここでは、さらに、ニューヨーク連銀がそのウェブサイトで公開している景気後退指数について触れておくべきだろう。この指標は、既出の指標とは異なる手法で計算されており、12ヶ月以内のいずれかの時期にではなく、ちょうど、12ヶ月後に景気後退入りする確率を求めている。このように、狭い予測範囲に絞っているため、ニューヨーク連銀の指標は、構造的に低い確率が示され、直近の3月の値は、10.8%となっている。これは、無条件確率の13.0%に近い値である。私達が、累積的な指標の方を選択している理由は、歴史的に見て、景気後退が始まる12ヶ月以内の平均的なイールドスプレッドは、ちょうど、景気後退が始まる12ヶ月前の月におけるイールドスプレッドよりも低くなるからだ。(前者が0.0に対して、後者は0.6となっている。)この事実は、イールドカーブの逆転というシグナル検知の遅れにより、ニューヨーク連銀の指標が、景気に対して楽観的な方向に間違う可能性があるということを意味している。

これらの結果を解釈して実際に適用する上で、以下の複数の理由から、ある程度の慎重さが求められる。まず、一番目の理由は、先の大規模な金融危機において、その深刻さに対応するために、FRBが前例のない通貨政策を取ることになった点である。FFレートを、ゼロ下限制約(ZLB)まで低下させた上で、量的緩和(QE)プログラムの一環として、FRBが長期国債を大量に購入することになった。おそらく、ZLBとQEの両者とも、それぞれ、これらが無かった場合と比べて、短期金利を押し上げ、長期金利を押し下げることから、人為的にイールドスプレッドを低くしているだろう。その結果、イールドカーブの内容から得られる情報は、一時的に曖昧になっている可能性がある。将来を見据えると、FRBによる現在の金融引き締めは、イールドカーブの傾きに対して、二面性を持った効果を与えている。すなわち、FFレートを引き上げるということが、短期金利の上昇につながると同時に、主に長期米国債で構成されているバランスシートの削減が、長期側の金利を上昇させることになる。このような観点から、現在の状況は、過去の景気循環で起こった事象とは異なっていると言える。二番目の理由は、試算を行った期間のサンプルでは、プロビット回帰分析の係数が不安定であるという点がある。このことは、サンプルを越えた期間における予測能力は、あまり、良くないことを意味している。このようなデータの構造的な不連続の例は、図1に見ることができる。1953年から1985年にかけては、イールドスプレッドが平均で1.1パーセントだったのに対して、1985年以降は、平均で1.9パーセントになっている。すなわち、平均的なイールドスプレッドが1980年代の半ばから、二倍近くになっている。実際に、「市場全体の安定期」においては、平均的に短期金利の方が長期金利よりも低下する傾向にある。

結論として、イールドカーブは、その他の方法では非常に予測が難しい今後の景気後退の予測を、米国債市場の情報の一部を利用して実現できる、簡単でモデル非依存な手法である。我々自身の研究およびニューヨーク連銀ならびにサンフランシスコ連銀の調査結果によると、米国の景気後退の発生確率は、昨年から、上昇しているが、まだ、中心的な見通しの事象とはなっていない。

Notes
1 https://www.newyorkfed.org/research/capital_markets/ycfaq.html.
2 Chair Yellen’s December 2017 press conference https://www.federalreserve.gov/mediacenter/files/FOMCpresconf20171213.pdf.
3 Bauer M.D. and Mertens, T.M. (2018), FRBSF Economic Letter https://www.frbsf.org/economic-research/files/el2018-07.pdf.

References
Chinn, M. and Kucko, K. (2015), ‘The predictive power of the yield curve across countries and time’, International Finance, 18(2), pp. 129–56.
Estrella, A. and Mishkin, F. (1998), ‘Predicting U.S. recessions: financial variables as leading indicators’, The Review of Economics and Statistics, MIT Press, 80(1), February, pp. 45–61.
Estrella, A. and Hardouvelis, G. (1991), ‘The term structure as a predictor of real economic activity’, Journal of Finance, 1991, 46, 2, pp. 555–76.
Harvey C. (1988), ‘The real term structure and consumption growth’, Journal of Financial Economics, 22, 2, pp. 305–33. Laurent, R.D. (1988), ‘An interest rate-based indicator of monetary policy,’ Economic Perspectives, Federal Reserve Bank of Chicago, January, pp. 3–14.

This box was prepared by Cyrille Lenoel.

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