1.前回のまとめ
前回は、日本の住宅投資の主要指標である新規住宅資金貸付額を、補完する指標として、日本銀行が行っている主要銀行貸出動向アンケート調査の住宅ローン資金需要判断D.I. が、有効であることを確認しました。
今回は、別の補完指標としての首都圏マンション契約率の有効性を、確認してみます。
2.首都圏マンション契約率とは
マンション契約率とは、民間の不動産経済研究所が、首都圏や近畿圏における新築マンションの月間契約率を集計して発表しているもので、新築マンションの売れ行きを示す、基本的な指標となっています。
特に、首都圏マンション契約率は、日本のマンション市場の全体的な需給を示す主要な指標であると言えます。
3.首都圏マンション契約率の推移
以下のグラフは、1994年12月からの首都圏マンション契約率の推移です。
ノイズを減らすために、12ヶ月移動平均を求めて、表示しています。
比較のために、同じ期間での新規住宅資金貸付額の推移を求めたものが以下のグラフです。
2008年以降のグラフの形状は、やや、相違していますが、2008年以前のグラフ形状と、ピークの位置は、よく似ています。
また、新規住宅資金貸付額の方は、1994年4Qのピークのように、一回の景気循環の中で、長期金利の変化に同期した小さな循環を見せるのに対して、首都圏マンション契約率の方には、そのような小さな循環が無く、一回の景気循環の中で、(消費税増税時を例外として)ほぼ、一回の循環を示しています。
これは、新規住宅資金貸付額の方は、金利で制御される資金量の総額であるのに対して、マンション契約率の方は、需要と供給の間の相対的な強さを示す比率であることに関連すると考えられます。
すなわち、金利の変化によって、分母と分子の需要と供給の両方が同じ方向に動くために、金利の影響が表面化し難いと考えられます。
4.データポイントの比較
【首都圏マンション契約率】
1996年8月・・・83.77% 1回目のピーク =>1997年からの景気後退の先行指標
2006年4月・・・83.10% 2回目のピーク =>2008年からの景気後退の先行指標
2011年2月・・・78.95% 3回目のピーク =>2012年の景気後退の先行指標(仮説)
【新規住宅資金貸付額】
1996年2Q・・・45,507 1回目のピーク
2006年2Q・・・44,536 2回目のピーク
3回目のピークは無し
上のように、1996年と2006年は、ほぼ、同じ時期に両者がピークアウトしています。
すなわち、首都圏マンション契約率は、1997年からの景気後退(金融危機・アジア危機)と、2008年からの景気後退(リーマンショック時)の先行指標として、新規住宅資金貸付額と同様に有効に機能していたと考えられます。
(さらに、首都圏マンション契約率の3回目のピークアウトは、東日本大震災後の景気後退の先行指標としても機能しているように見えます。)
また、首都圏マンション契約率は、前月のデータが翌月に発表される月次指標であるため、四半期指標である新規住宅資金貸付額よりも、先行して、ピークアウトを確認することが可能です。
例えば、1996年では、首都圏マンション契約率は、新規住宅資金貸付額よりも、一ヶ月早く、ピークアウトが確認され、2006年には、9ヶ月早く、確認されています。
以上の点から、首都圏マンション契約率は、新規住宅資金貸付額を補完する先行指標として、有効であることが確認出来ました。
5.単独指標としての首都圏マンション契約率
首都圏マンション契約率は、新規住宅資金貸付額の補完指標としてのみならず、単独でも、多くのわかりやすく有効な情報を示唆してくれます。
以下のグラフは、見やすさのために、首都圏マンション契約率(12ヶ月移動平均)から50ポイントをマイナスして、プロットしたものです。
以下に時系列で、グラフの動きを説明していきます。
(1)1994年から1995年にかけての契約率の低下
これは、1994年をピークとするマンションブームが終わったことを示しています。
バブル崩壊後、特に都心の地価の下落により、都心型のマンションが比較的に安価に供給することが可能になり、また、金利の低下も著しかったことから、マンションの販売が大きく伸びて、ブームとなりました。
この、グラフの動きからは、マンションブームの後に、本来、発生するはずだった景気後退が、その後の消費税増税により、強制的に後ろにずらされていることが、見て取れます。
(2)1995年から1996年にかけての契約率の上昇
消費税が3%から5%に増税される直前の住宅の駆け込み需要によるものです。
(3)1995年から1996年にかけての契約率の低下
消費税増税後の反動減によるもので、その後の金融危機につながる景気後退を先行して示しています。
(4)1998年から1999年にかけての契約率の上昇
金融危機を含む景気後退が終了して、景気回復期に入り、住宅需要が回復したことによるものです。
(5)1999年から2001年にかけての契約率の横這い
米国発のITバブル崩壊に伴う景気後退は、製造業に限定された局所的な景気後退であり、住宅や不動産などの非製造業への影響は、小さいものでした。そのため、通常、景気後退に先行して見られる、契約率の低下は発生しませんでした。
以下のグラフは、1994年からの米国の一戸建て住宅の販売件数の推移です。
日本と同様に、2000年のITバブル崩壊前に、住宅販売の落ち込みは見られず、ほぼ、横這いが続いていました。
(6)2003年から2006年にかけての契約率の上昇
ITバブル崩壊後の景気回復に伴う、住宅需要の回復を示しています。
(7)2006年から2008年にかけての契約率の低下
リーマンショック時の景気後退を先行して示しています。
特に、契約率の大幅な落ち込みが、景気悪化の深刻さを示唆しています。
これは、上の米国の一戸建て住宅の販売件数のグラフでも、見て取ることが可能です。
(8)2009年から2010年にかけての契約率の上昇
リーマンショック後の景気回復に伴う、住宅需要の回復を示しています。
(9)2011年から2012年にかけての契約率の低下
東日本大震災後の景気後退を先行して示している可能性があります。(以下の仮説を参照)
6.首都圏マンション契約率が日本単独の円高不況の先行指標となる可能性について(仮説)
これまで、日本単独の円高不況は、信頼できる先行指標が無いために、予測不可能であると考えていました。
しかし、上記のように、東日本大震災後の景気後退を首都圏マンション契約率が先行して、示唆していることから、以下のような可能性が考えられます。
(1)国内の需要家が大半の新築一戸建て住宅とは異なり、首都圏の新築マンションの購入者の中には、投資目的の海外投資家が一定の割合で存在する。
(2)為替が円高に振れると、これらの投資家は採算が悪化するために、購入を手控える。
(3)その契約率が低下し、住宅投資が減少する。
7.まとめ
以上のように、首都圏マンション契約率は、新規住宅資金貸付額の補完的な指標として、また、単独の景気後退の先行指標としても、有効であることが確認できました。
以下に、まとめとして、首都圏マンション契約率の指標としての利点と欠点を列挙しておきます。
【首都圏マンション契約率の利点】
(1)新規住宅資金貸付額とほぼ、同じ時期にピークアウトする。
(2)月次指標であることから、新規住宅資金貸付額よりも早いタイミングでピークアウトを確認できる。
(3)長期金利の影響を受けにくいため、上昇と下降のトレンドが、景気循環と一致し、分かり易い。
(4)海外投資家の動向が反映されるため、日本単独の円高不況の先行指標として機能している可能性がある。
【首都圏マンション契約率の欠点】
(1)対象が首都圏の新築マンション市場のみであり、全国の一戸建てからマンションまでを対象とする新規住宅資金貸付額と比べて、カバーする範囲が狭い。
(2)百分率で表現されるため、最終需要を金額の総額で表現する新規住宅資金貸付額と比べて、ボリューム感が把握し難い。
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